2016年 03月 10日 ( 1 )

突き抜けて北へ真っ直ぐ飛行機雲 友の訃報メールで届く

なじらね〜

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入院闘病中という連絡をもらった翌日の朝、訃報が届いた。
ふるさとの中学の同級生。

ひょうきんでお茶目でやんちゃなところがあった。
最近の同窓会で会った際も、髪の毛は順調に後退していたがやんちゃな目は相変わらず健在だったので、なぜかホッとしたものだ。

入院中との話を聞き、励ましにならないだろうことは分かっているが手紙を書こう、そう思っていた矢先の急な知らせで、ただ呆然としている。

懸命に生きたであろう66年間の一生に拍手を送りたい。
足し算の人生から引き算の人生への分水嶺を越えた瞬間から、いつか訪れるその日が近づくのを眺めながらの人生になるのは誰しも同じなのだろうが、旧友がいざ最終ステージを迎える段になると、幼かった頃からこの時までの長い流転を考えてしまう。

ゆく川の流れは絶えずして、しかも、もとの水あらず

よどみに浮かぶうたかたは、 か
つ消えかつ結びて、

久しくとどまりたるためしなし。

世の中にある人とすみかと、また かくのご
とし

・・・
と言ったのはだれだったろうか。

鐘の音に、諸行無常の響きあり、と言った人もいた。

今、近くのパン屋のeat-inでコーヒーを啜りながら、パンを買い求める人の群れを眺めているのだが、この中の誰もが、いやまさしく自分が、明日をも知れぬ命の定めの中にいるのは間違いないのだ。

それはまるでさっきまで向かいの席でコーヒーを飲んでいた老夫婦が今は席を立ちすでにいなくなっている様に似てはいないか。
忽然と姿を消しても誰も不思議には思わず、パンをバケットに入れた客はレジへと進み、さっきまで老夫婦がいた席へ別の人生が座り、コーヒーを啜る。
それを眺めている私も例外ではなく、私が一瞬に立ち去ったとしても誰も気には止めず客の流れは絶えないのだ。

父、母を亡くし、言うまでもなくその前には祖父、祖母を、そして家族や友人知人を失っていく。
去っていく者があり残される者があり、残された者は残されたことによってやがて訪れるその日を知る。

去っていく人たちがじんわりと教えてくれているように思える。

精一杯、生きていくことを。


突き抜けて
北へ真っ直ぐ飛行機雲
友の訃報メールで届く
(尾崎常博、2016/3/6)




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by jumbozaki-625 | 2016-03-10 09:30 | ライフ | Comments(0)

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